『合衆国軍隊構成員等に対する刑事裁判権関係実務資料(検察提要6)』(検察資料158)の利用禁止措置について(要請)

2008年9月16日

国立国会図書館
館長 長尾 真 様

『合衆国軍隊構成員等に対する刑事裁判権関係実務資料(検察提要6)』(検察資料158)の利用禁止措置について(要請)

図書館問題研究会
委員長 中沢 孝之
(〒101-0061 東京都千代田区三崎町2-17-9-201)

 貴館の所蔵する『合衆国軍隊構成員等に対する刑事裁判権関係実務資料(検 察提要6)』(検 察資料158)の利用禁止措置を見直し、当該資料の利用を再開 するよう要請する。理由は以下のとおりである。

1.本件利用制限の経緯
『合衆国軍隊構成員等に対する刑事裁判権関係実務資料(検 察提要6)』(検 察資料158、以下本件資料)は、法務省刑事局が1972年 3月に作成したもので、重要でない米兵の犯罪につき実質的に第一次裁判権を放棄するとした1953年 の法務省刑事局長通達などを含んでいる。国立国会図書館は、本件資料を1990年3月に古書店より購入して蔵書とし、利用に供 するとともに、インターネットを通じて所蔵情報を公開していた。
本年5月下旬、法務省は国立国会図書館に対し、本件資料の利用禁止とOPAC(オ ンライン蔵書目録)情報の削除を要請した。利用禁止の理由は、本件資料が 非公開資料であり、「公共の安全と秩序の維持」(情報公開法5条4号に該当)及び「米国との信頼関係」(情 報公開法5条3号に該当)に「支障を及ぼすおそれがある」ためであり、OPAC情報の削除は本件資料が情報公開法8条の存否不明に該当するためだとした。
この要請を受け国立国会図書館は、6月5日利用制限等申出資料取扱委員会を開催し、当 該委員会は、本件資料を利用禁止としOPAC情報を削除することが妥当と館長に報告した。その理由は、本件資料が国立国会図書館資料利用規則8条(人権の 侵害等により利用の制限をする資料)及び国立国会図書館資料利用制限等に関する内規4条の4(内容の公開を制限・非公開とすることを公的に決定したもの) に該当するためだとした。これを受けて、6月11日に利用禁止及びOPAC情報の削除が館長により正 式決定され、23日にOPAC情報の削除が行われた。
その後、法務省が当該資料につき国立国会図書館に利用禁止を要請した旨報道に明らかに したことなどから、国立国会図書館は所蔵情報が公知の事実となったと判断し、9月8日、本件資料のOPAC情報の公開を再開した。

2.図書館の自由と検閲
図書館界が総意として掲げ、実践すべく尽力している「図書館の自由に関する宣言」(以 下「宣言」)では、「図書館は、基本的人権のひとつとして知る自由をもつ国民に、資料と施設を提供することをもっとも重要な任務とする」と謳っている。図 書館は、憲法21条が保障する表現の自由と情報を受け取る自由・知る 自由を保障する機関であり、情報の流通と提供を阻害するすべての検閲に反対する。主権者が多様な情報を享受し、そうした情報に基づいて討議が行われること が民主主義にとって不可欠であり、図書館は主権者に情報を提供することで民主主義社会を支えていく機関とならなければならない。図書館はこうした任務を果 たすため、資料収集と資料提供の自由を有している。図書館は外部の圧力から独立し自らの責任において資料収集と資料提供を行う。
「宣言」は、すべての図書館に基本的に妥当するとされており、納本図書館として極めて 重要な位置を占める国立国会図書館も当然にその原則を実践することが求められている。しかし本件利用制限は、行政府からの要請に機械的に応じたものであ り、検閲と同様の結果をもたらす自己規制であって、「宣言」にもとるものである。また、国民の重大な政治的関心事への行政府からの利用禁止要請という点 で、戦後の図書館の自由の歴史においても類例のない事態である。

3.いわゆる「密約」と法務省による要請の不当性
本件資料への法務省による利用禁止要請の背景として、いわゆる日米「密約」の問題を避 けて通ることはできない。本件資料には、日本政府が否定してきた米兵の第一次裁判権の放棄を実質化させる通達などが含まれており、日米間の密約を裏付ける 資料を公開状態に置くことを防ぐために要請が行われたと考えられる。
しかし、日本に駐留する米軍兵士の裁判権に関わる問題は、続発する米兵による犯罪の問 題から、ひいては日米安保条約や日本の安全保障のあり方にも影響を与える。国民の利害に関わる重大な関心事であり、政治的争点でもある。
私たちは、原則的に情報は自由な流通に委ね、国民の間で広く共有されるべきだと考える が、あらゆる秘密が公開されるべきだと主張するものではない。しかし、本件資料に関わるような「密約」は、行政府が自らの為した協定について国民にも立法 府にもその存在を否定し続けることによって、終局的に国民の審判を受けることがないという点で重大な問題をはらんでいる。いわゆる沖縄密約を扱った外務省 秘密漏えい事件(昭和53年5月31日 最高裁第一小法廷決定昭和51年(あ)第1581号) で最高裁は密約を実質秘と認定したが、「わが国においては早晩国会における政府の政治責任として討議批判されるべきであつたもの」とした。しかし米国機密 解除文書によって密約の存在が動かしがたいと目されている現在に至るも、政府は討議の前提たる密約の存在すら認めていない。
もっとも、国立国会図書館で20年 近くにわたって公開してきた本件資料を利用禁止にしようとも、同一と推認される資料を複数の図書館が所蔵している。報道の状況からも、報道機関、政党、研 究者も本件資料を既に入手しているものと思われる。こうしたことから、本件資料の内容は早晩公知のものとなることが予想される。
また、米国の機密解除文書の公開により、本件資料に関わるものを含む多くの密約が明ら かにされている。法務省及び外務省が米国との信頼関係を情報公開拒否(利用禁止)の理由とすることは、このことからも不合理である。
このように、法務省の密約隠しともいうべき利用禁止要請は不合理かつ受け入れがたいも のである。8月以降の報道では、法務省の要請や国会図書館の利用禁止に肯定的なものが見当たらず、とりわけ『琉球新報』や『新潟日報』は社説で本件措置を 含む情報隠蔽を強く批判した。こうした報道は、国民の密約に対する感覚を代弁したものでもある。

4.国立国会図書館の責務と本件利用制限の問題
国立国会図書館は、「真理がわれらを自由にするという確信に立って、憲法の誓約する日 本の民主化と世界平和とに寄与することを使命として」設立された。国立国会図書館は立法府に所属し、資料・情報を収集、調査、提供して国会議員の活動に資 することをその任務としている。さらに納本制度によって国内出版物を網羅的に収集する唯一の国立図書館として、立法府だけでなく行政、司法、及び広く国民 に図書館サービスを提供している。
行政府にある法務省から本件資料の利用禁止要請がなされ、国立国会図書館がこの要請を 「異なる判断を下す理由を現時点で見出しえなかった」として是認したことは、立法府の独立性からも重大な問題をはらんでいる。「真理がわれらを自由にす る」という国立国会図書館法前文を起草した羽仁五郎元参議院図書館運営委員長は、「国立国会図書館およびその行政各省ならびに司法裁判所における支部図書 館が行政および司法の文書資料を最終的に管理することは、わが憲法の規定する主権在民の原則、したがって秘密政治を禁止する公開の原則の命ずるところで あって、国立国会図書館法の各条項もこれを明示している。国立国会図書館法第十五条は、とくに、“資料の選択または提出には党派的、官僚的偏見にとらわれ ることなく、両議院、委員会および議員に役立ちうる資料を提出すること”を要求している。もし、これら文書資料の選択が一方的に政府与党の見地から行われ るようなことがあるならば、それは直接的にこの国立国会図書館法第十五条に対する違反であり、原則的に立法行政司法の公開を命ずる憲法の趣旨を空虚にし、 主権在民に対して反逆するうたがいをうけざるをえまい」(『図書館の論理』日外アソシエーツ,pp.154-155) と述べている。国立国会図書館の創設の意義が、従来政府官僚機構に独占されていた(秘密)資料を国会議員と国民に公開することによって、主権在民を確立す ることであったことを考えれば、行政府からの要請に対し独自の判断を放棄してこれに従うことは、国立国会図書館の存在意義をゆるがせにするものと言わねば ならない。
国立国会図書館は本件資料の廃棄及び引渡しの要請があったかどうかについて言えないと しながらも、そのような要請には応じないとしている。また、国会審議の必要には応じるとしている。こうした国立国会図書館の姿勢は最低限の一線は守ったも のと評価できるが、国民(主権者)へ の情報の公開という任務に照らせばきわめて不十分なものであることはこれまで述べたとおりである。
本件資料は市場に十分に流通している公刊資料とみなすことはできないが、一方である程 度の部数が印刷され関係各部署に配布されたことが推察される。このような資料にあっては、例え発行者が公開制限を要請したとしても、図書館がその内容を個 別に検討して利用の可否を判断すべきである。報道でも国立国会図書館が法務省の要請に従ったことが、立法府と図書館の独立に反するとの批判が見られた。図 書館は、情報を収集し提供(公開)することをその使命とする機関であり、時として職務の遂行のために情報を秘匿する行政機関とは、同一の資料に対しても異 なった取り扱いをすることは当然にありうる。本件措置に関しては、法務省の不合理な要請に対して、異なった判断を下さなかったことに批判が集まったのであ る。違法秘密とも言える密約に関する資料の利用禁止要請に応えるということは、密約を密約のままとすることに加担することになる。国立国会図書館は、利用 禁止要請を是認すること自体が重大な政治的行為であることを自覚すべきである。
8月28日の衆議院図書館運営小委員会では、共産党が本件利 用禁止措置の解除と内規の見直しを主張、民主党も内規の見直しを主張し、次期臨時国会での検討課題にしたいと小委員長が述べたと報道された。国立国会図書 館における資料利用制限については、原則として公開を続ける中で、問題があれば国会の論議に委ねることを基本とすべきである。また、行政府に対する国立国 会図書館の独立性を保ち、過度の自己規制を防ぐため、資料利用制限等に関する内規4条の見直しを求める。
また、本件利用制限について行政府からの要請の詳細な情報などを国立国会図書館は明ら かにしていない。国民の利害に関係する本件資料の利用制限について、十分な説明責任を果たすことを併せて要請する。

5.図書館の自由が侵されるとき、われわれは団結して、あくまで自由を守る
「宣言」では、「図書館の自由が侵されようとするとき、われわれ図書館にかかわるもの は、その侵害を排除する行動を起こす」ことを謳っている。本件は、図書館の自由に関する重大な侵害であり、図書館関係団体、図書館関係者、図書館員として 決して座視することはできない。
本件措置についての報道でも、国立国会図書館への失望を表明するものが散見された。国 立国会図書館が国民からの信頼を損なえば、国民の知る自由を保障する機関としてのすべての図書館への信頼が損なわれることとなる。また、国立国会図書館が 外部からの要請を受け入れて資料の利用禁止に踏み切ったことは、全国の図書館の資料提供の独立性に深刻な影響を与えることが予想される。
私たちは、すみやかに本件資料の利用再開を求めるものであるが、利用再開に対して様々 な圧力が生じることが予想される。このような圧力に対して、私たち図書館関係者は国立国会図書館のみにその責を負わせるのではなく、情報の公開によって国 民的支持を広げ、図書館界の総力をあげて国立国会図書館を支え、圧力とたたかうことを明らかにする。
以上